絶望してきました。2006年07月16日

まず病状について記録。
先日、ぐつぐつして日記をしたためた後
3時間ほど号泣してフラフラと
飛び降りに行っちゃったりしてちょっと危なかった(笑)
後はまあ、自分を痛めつけようとイロイロな事を。
いやあ、飛び降りに行っちゃうのは3年ちょいぶり。
いちばん病が酷かった頃ぶりです。
…医者を変えて、ちゃんと効く薬を飲んで
随分と快方に向かっていると思っていたのになあ。むーん。

金曜の会社帰り道、ちょい大きめの発作が出て
アワアワしてたけど、その後来る落ち込みくんの方が酷いな。
発作自体は、パニクるだけだけど、その後セットでやってくる
落ち込みくんは命にかかわる。

病の話はココまでにしておいて、
ええと、何に落ち込んでたかというと
自分は物心付いた頃から、常に人並み以下であるという
強い劣等感があるのと、実際、日常生活において
普通の枠を逸脱する行為が多いので
それを押し込めたり誤魔化したりすることに難儀してるのです。
で、常々無意識的に、周りとなじめるトコまで自分を抑制してる。
攻撃されないように。あるいは隔離されないように。

ヨノナカは集団の力で動いているので
その群れになじまないと、非常に生きていくのが辛い。
この事を今までの経験で思い知らされてきてるので
何とか辛くないように、ムリヤリ自分を加工したりして
今までやってきたのですが、どんなに加工しても
本来の自分は消えてくれないし、
加工という行為であるがままを否定されている
本来の自分は、悲鳴を上げるし
加工してるはずなのに、どこかで逸脱してしまって
変わり者とか、人並み以下と呼ばれてしまうしで
もうヤダーーーーーーー!!!と、なってしまったのです。

で、むぎたん帰宅後、このことをうちあけてみた。
…今まで家族や友達に話してみると
社会に順応する為の精神力が足らないとか、頭おかしいとか
まぁそれも数ある個性の1つなんじゃないの?
とかいう返事が返ってきてたのですが
彼の返事は今までにない内容でした。

◆私は、普通じゃなくて奇人なんだそうな。
 で、普通の人は、ときに奇人に憧れ目指すものなので
 奇人が普通になりたいと嘆くのは、腹立たしいものらしい。
◆で、普通の人が奇人になれないように、
 奇人も普通になれないので、私は普通になりたいと嘆いてますが
 それはムリ!なお願いらしい。
◆馬鹿と天才は紙一重というけど、私はまさにそれなのだそうな。
 そんなリスキーな人種、私はイヤなんだけど。
 そういう風に生まれちゃった以上、仕方ないらしい。

…かなり、納得してしまった…。
と同時に、むぎたんは、なんてかしこい人なんだろうと尊敬した。

というわけで、普通になる道を絶たれ、絶望しました。
かといって、私が奇行丸出しになれるわけではないし
相変わらず普通の人に憧れるんだと思います。
ただ、ムリして普通に成ろうとしなくてもいいんだ、
というトコロはすごく救われた。
いい意味で、諦めがついた。

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